2012年3月8日木曜日

歌舞伎は派手なだけじゃない!~二月大歌舞伎で『ぢいさんばあさん』を楽しもう ~

二月大歌舞伎〈夜の部〉に行ってきた!
6代目中村勘九郎襲名披露ということもあって、新橋演舞場は大盛況だ。東京で歌舞伎を観るといえば歌舞伎座でしょと思う人もいるかも知れないが、2013年まで工事で休館している。代わりに歌舞伎座の近くにある新橋演舞場での上演数が倍増中なのだ。開演30分前には東銀座駅から人の流れができていて、道に迷うことなく到着。近くのスタバやカフェ・ド・クリエも開演まで時間を潰す人で混雑している。

私のチケットは1等B席。2階にも1等B席があるけれど、今回は1階最後列の通路に面した席だ。1階席でも遠いじゃーんと損した気分になってはいけない。
確かにライブではアリーナ奥より2階前方の方がステージが良く見えることもある得る。だが、歌舞伎はそうはいかない。なぜなら花道があるから!
客席から舞台へと伸びる花道は、1階以外ではどうしても死角ができてしまう。舞台からは遠くとも、花道全てを見渡せるのは1階席の特権なのだ! 
ちなみに2階、3階でもモニター越しにはなるが花道を楽しむことはできる。安心設計だ。


一幕目『鈴ヶ森』では複数の相手に一人で立ち向かう剣士の刀捌きが見所。
『口上』を挟んで三幕目は『春興鏡獅子』。小姓の優雅な舞と獅子の雄壮な舞を、6代目勘太郎が演じ分けるのだ。女性と雄々しい獅子は動作が対照的で、1人でやるというのは至難の技だろう。6代目を襲名するに値する実力。それを披露するにはもってこいの演目と言える。開演当初から評判の良い目玉演目なのだ。


さて、16時30分に始まった〈夜の部〉もここまでで19時20分。残すは一幕なのだが、心配事が。〈夜の部〉は終了時刻が21時くらい。日曜の夜というのもあって、明日に備えて帰ろうかと悩んでしまう。現に、1階席からも退場していくお客さんがちらほら。


…………なんだか退場していく人が目に付いて、逆にどんな演目なのか興味ができてた!
気になる最後の演目は『ぢいさんばあさん』。原作は森鴎外。
派手な立廻りがあったり優雅な舞があるわけでなし。一見すると歌舞伎というより1時間半の時代劇そのもの。けれどこれがクセ者だった!


物語の舞台は1771年(明和8年)。 主役の伊織とるんはおしどり夫婦として有名。ある日、るんの弟が京都へ赴任する矢先に決闘をして負傷。伊織は義弟の代わりに京都へ単身赴任することとなる。謝罪する義弟を責めず、笑顔で京へと向かう伊織が一言「待っててくれよ」と妻と生まれたばかりの赤子に言い残していく場面。それまでは義弟の前でも夫婦でイチャイチャしてみせ、鼻をつかむクセをるんに何度も注意されたりと、ユーモラスな展開が続いていた。でもこの一瞬。たった一言に伊織の寂しい気持ち、妻子を愛しむ気持ちが凝縮されている。間違いなく前半の名シーンだ。
ここまで観れば『ぢいさんばあさん』のじわじわくる魅力に、席を立つ腰も重くなるというもの。私は最後まで見届ける覚悟を決めた。


京都にて人を殺めた伊織は国へ帰ることも許されずそのまま他家へ追放されてしまう。これは今で言う終身刑。1、2年のつもりで交わした別れが、一生の別れになるなんてー!
穏やかな性格のせいで忘れがちなのだが、伊織は腕の立つ武士だ。こういう人は堪忍袋の緒が切れたら恐い。冒頭、短気な性格が災いして義弟が負傷したという話がここにきて嫌~な伏線として効いてくるのだ。

37年後、伊織は赦免されて妻るんの元へ帰ってくる。長い間互いを思いながら、再び会える日を待ち続けた二人は今や白髪の老人。再会の折、最初は近所のぢいさん(ばあさん)だろうとお互い軽く会釈しちゃう。愛を疑うこと無かれ。二人とも歳をとったのだ。視力も弱くなってて当然。
再会の喜びと同時に失ったものへの悲しみも溢れる。江戸時代は乳幼児死亡率が50%。一人息子も幼くして亡くなっていた。


庭の桜を並んで見ながら、残された時間を二人で生きようと語り合う一回り小さくなった夫婦の姿はなんだか愛おしい。そして、歳を取ってもやっぱりイチャイチャしてるよこの夫婦! 客席からも夫婦のイチャイチャには忍び笑いが漏れる。

この演目は最初普通の人情モノに見えなくもない。観ずに帰って行った人の気持ちもわかるなー。でも、それはきっと損をしている。
鴎外の歴史小説には現実にあった出来事を題材にしたものがいくつもある。後で調べてみると『ぢいさんばあさん』も実在の美濃部伊織という人物の話を元に創られていた。多少の脚色はあるにせよ、本当にあった話と思って観ると感じ方も変わってくる。

演目の中では何回か対比されたシーンが出ている。慌しさのないじっくりと見せる演目ならではの趣向だ。例えば、冒頭若い伊織とるんの家に桜の若木が植えられ、わずかばかりの花を咲かせている。終盤、長い時を経て再会を喜ぶ白髪の夫婦の脇には満開に咲いた桜の木が立っているのだ。
歌舞伎では役の身分によって話方が変化する。高貴な役は喋るのがとてもゆっくりで、慣れないうちは聞き取りづらいのだが、この演目に高貴な役はない。比較的クセのない聞き取りやすい会話が進む。だからこそ、夫婦のユーモラスな掛け合いが面白いのだ。

二月大歌舞伎は2月26日までの上演。6代目襲名の『口上』がある〈夜の部〉はほぼ完売。〈昼の部〉は1等A席のみ空きがある状況だ。だが、諦めること無かれ!
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(2012/2/20)